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2007年4月24日 (火) 更新

[発言録] 「国民投票法案」についての質疑

2007年4月19日
参議院・日本国憲法に関する調査特別委員会

166-参-日本国憲法に関する調査…-4号 平成19年04月19日


○松岡徹君 民主党の松岡徹でございます。

 提案者の皆さん、大変御苦労さんでございます。

 私も冒頭に、なぜこの憲法改正手続法である国民投票法の成立をこんなに急ぐのかというのが、私自身もいまだに不思議でならぬわけであります。改めて、発議者の方々、特に保岡先生おっしゃっておりました、粛々と提案をして議論を尽くして成立さしていただきたいということで、期日は切っていないということでありますが、ところが、国民の意識からすれば、この今議論になっている、連日マスコミを含めてにぎわわしている国民投票法、これの成立はイコール憲法改正という議論として認識が国民の中では広がっていっているというふうに思うんですね。なぜそういう意味ではそれを急ぐのか。改めて、その急ぐ理由といいますか、今回の国民投票法を制定するについての意味を改めて聞かしていただきたいなと思うんですが、いかがですか。

○衆議院議員(保岡興治君) 憲法の制定権力者は当然国民であるということは、これはもう間違いないことでございまして、その主権者が、九十六条に定める憲法改正という一番国民にとって大事な、制定権者からすれば改正すべき憲法の手続というものが我が手にあるという状況は、これは憲法を作ったときに備えておかなきゃならない本当に基本的な憲法に付随する法律だと思います。

 そういうことで、内外の情勢も別世界というぐらい戦後六十年変わってまいりました。いろいろな憲法改正論議も、あるいはそれに対する反対論議も非常に強く出てきている中で、一日も早く、やはり国民、主権者でこの改正の権利行使ができるような法を整備すべきだというのが私どもの基本的な認識でございます。

○松岡徹君 憲法附属法としての、言えば憲法九十六条に規定されている附属法としての法整備を整えると。そして、国民が憲法を変える、変えないという主権が国民にあるわけですから、そういうことがいつになるか分かりませんが、できるという環境を整えるためにやると。それは理屈としては分かるんですが、ならば、なぜ六十年間それができてこなかったのか。

 私は、国民の民意といいますか考え方、思いというものをしっかり見なくちゃならぬと思うんですが、国民の多くは、六十年間そういうことが整備されてなくても、これからも別に急がなくてもいいよという意見があることも事実なんですね、一方でね。すなわち、立法不作為だということというのは客観的にはあるかもしれませんが、六十年間それを国民が、別に、なぜ作らないんだというふうな声が特段高まったということも記憶にはございませんし、むしろ逆に、憲法を変えるべきだという国民の強い声が六十年間の間に盛り上がってきたということも私は記憶にないわけであります。

 そういうことからすると、今なぜなのかということを考えますと、どうも小泉さんから安倍さんに替わって、安倍総理に替わってから、すなわち憲法改正や手続法の議論が非常に活発になってきたんですね。今年の一月の安倍総理の年頭所感のところでこういうことを言っているんですね。新しい時代にふさわしい憲法を今こそ私たちの手で書き上げていくべきだ、その前提となる憲法の改正手続に関する法案について本年の通常国会で成立を期すと。安倍総理は、正にその決意の前提となるのが戦後レジームからの脱却、そして美しい国づくりということを掲げられてやってきたんですね。

 すなわち、イメージとすれば、安倍総理の言っている戦後レジームの脱却と、そして美しい国づくりのために憲法を改正し、そのための手続法の国民投票法をこの国会中に成立させたいというふうに言うと、今なぜこういうことを急ぐのかという議論の重要なポイントは、総理が言っている戦後レジームの脱却とはどういうことなのか、それによってどういう憲法に変えるべきなのか。あるいは美しい国をつくるという総理のおっしゃっている中身で、そのために憲法をどういうふうに変えていくべきなのかということの議論が、提案がしっかりなされなければ、国民はなぜ今この時期に憲法改正につながる国民投票法が、ましてや最近の新聞記事では、五月三日の憲法記念日に合わせて、そして六十周年の今年に成立させることがいいだろうというようなことを言って、もうあたかも、出口がもうそこに決まって、そしてそれに合わせるかのような審議のやり方をやっている。

 国民は全く、そういうことからすると、六十年間、今まで我々に、国会議員に対して憲法改正のための手続法を早く作れ、早く作れというようなことの世論も盛り上がってもこなかったと。すなわち、それは、今の憲法を早急にあるいは早急に変える必要はないという大勢の意見が国民の意思としてあったんだというふうに思います。

 それを変えて、こういう国をつくるために憲法をこういうふうに変えていかなくてはならないというのなら、安倍総理に戦後レジームの脱却とはどういうことなのか、総理の描いている日本の姿というものが、美しい国というものがどういうものなのかということをしっかりと議論として出さなければ、私は軽々に、五月三日までにというような出口が決まったかのようなこの審議の進め方、急がせ方というのは私はちょっとおかしいんではないかというふうに思うんです。

 ですから、安倍総理は是非ともこの場に来ていただいて、安倍総理からのその思いを改めて私たちも聞きたいと思いますし、当然国民の側も、初めてそういうことを知って、国民投票法の成立の必要性、あるいは憲法をこういうふうに変えていくことがこれからの日本の国の、将来の国の姿形をイメージしていくためにとっても重要な前提となるものだというふうに思うんですけれども、いかがですか。

○衆議院議員(保岡興治君) その点は再三答えておるところでございますけれども、安倍総理の美しい国あるいは戦後レジームの脱却、こういったお考えというのは、これは一国の総理が、時代が大きく転換して急速に進んでいく、明治維新のときもそうでありましたし、戦後もそうでありましたが、大きな時代の転換期には必ず国民に指し示す。国の理念やあるいは国家の進むべき方向、それに伴うグランドデザインというのをできる限り明確に示して、そして国民からそれについての議論が沸き起こるように、そして国会においてもそれを、そういったリーダーの総理の考え方を踏まえた上でしっかり議論して国の将来を確かなものにする、そういった議会の機能を果たしていく。そういったためにも、リーダーがこういう転換期に国のあるべき姿を示していくというのは当然のことだと思います。

 その中に、当然、戦後六十年の世界が別世界と言われるような激変する状況の変化が制定当時と今日と出てきておりますので、そういうものに対して憲法改正を位置付けて、そして御持論を展開されるのはこれまた当然の話と私は思っております。

 ただ、我々は、憲法改正手続という今我々が議論している法案は改憲のためのものでもなければあるいは護憲のためのものでもない、ましてや特定の総理大臣の考えを実現するためのルールでもない、こういった考えで、当然のことなんですが、私たちは、衆議院で、国会で議決して参議院に法案をお送りする段階に至るまで、今日まで、こういった委員会の外の政局に一切影響されない、本当にこのルールをつくるのにふさわしい努力をきちっと尽くしてきたつもりでありまして、そのことについては詳しく繰り返しませんけれども、再三申し上げて、自負心を持っているところでございます。

○松岡徹君 正に改憲のための手続法を制定するということではないと。ところが、総理の発言は、この二月、三月に入って五月三日、あるいは自民党の幹事長中川さんの発言、五月三日までに成立をさせようと、それが望ましいという声が聞こえてくるんですね。

 そういう意味では、私たち自身はしっかりとした議論をしていくべきだというふうに思っています。そういうふうな性急な議論あるいは進め方というのはあってはならないと。それはむしろ発議者の、提案者の側からすれば不本意というか本意ではないと、しっかりとした議論をしてほしいということを再三保岡先生始め発議者の皆さんがおっしゃっているとおりでありまして、それほど大事な法律でありますから、我々もじっくりと時間を掛けて議論をしていくべきだというふうに思っています。

 どうも最近の、衆議院でああいう結果になったわけでありますが、参議院でも出口が決まってそういうような流れで進められるということがどうも非常に私は危惧します。ですから、これが、これは保岡先生らが答えられるべき問題ではないと思いますが、いずれにしても、しっかりとした議論を積み重ねていくということを是非とも要望していきたいと思いますし、私たちもそういう立場で議論をしていきたいと思っています。

 それで、次に、最低投票率の問題を私も一部触れたいというふうに思うんですが、幾つか先ほどの我が党の藤末委員にもありました。最低投票率を定めない理由に、ボイコット運動の問題とか、あるいは関心の薄い条例、条項、改正内容についてはなかなか投票率が上がらないだろう、あるいは憲法にそのことが明文化されていないというようなことがありました。

 それで、その前に、この憲法の最低投票率が、その理由としているボイコット運動等とか言われていますけれども、例えばどのようなボイコット運動とか、その辺についての結果というものをどういうようなことを想定されて反対されているわけですか。

○衆議院議員(赤松正雄君) どういったボイコット運動があったのか。これ実は大阪の地方公聴会の意見陳述者で出られたその分野の専門家でありますが、ジャーナリストの今井一さんが、徳島や岩国の住民投票におけるボイコット事例を引き合いに出されて、徳島、岩国の場合におけるボイコット例で最低投票率を設けるべきじゃない、こんなふうに主張されたということでございます。

○松岡徹君 ボイコット運動というのは、条例で一部ありますし、海外でも幾つかそういう事例があるというのを私も聞いています。

 例えば一つの例でありますが、例えば一九七三年に北アイルランド問題で、北アイルランドの帰属問題について国民投票にかけたんですね。その結果、まあ住民投票のような形ですけれども、結果は九九%が、アイルランドに行くかイギリスに残るかという国民投票だったんですが、九九%がイギリスに残るということに結果が出たんですね。

 ところが、これはなぜ九九%になったかというと、実はその北アイルランドの問題はカトリック側、つまりアイルランド側の人たちはプロテスタントの方が非常に多いんですね。そういう意味では、カトリック側と反対勢力の部分がボイコットしたんです。ボイコットしてしまったために、結果は九九%賛成ということになった。これは結果的には、かえって対立を激化させるという結果になってしまったということが一つの例なんですね。

 だから、ボイコット運動は、必ずしも、そういう結果を招くということも事例としてはあることは事実なんですけれども、しかしその後に、問題は、こういったことを招かないために例えば次善の解決策とかあるいは方策を取って、その結果、国民投票をやって成功した、例えばこれは同じアイルランドですけれども、一九九八年に国民投票かけました。そのときのブレア政権が誕生しまして、和平合意をしてそれぞれに国民投票をかけて、北の方でもボイコットは結果起きなかったんですね。それぞれにやられた結果、八〇%以上の人がこの国民投票に参加して、七一%の賛成で成立していると。

 すなわち、ボイコット運動があるから、起こる可能性あおる、その結果はこういうことが予想されると言っていますけれども、こういう例を見ても分かりますように、私は、ボイコット運動をあおってしまう結果になるということは最低投票率を設けない理由にはならないと思うんです。すなわち、そのボイコット運動が起きないような提案の仕方、工夫というものが十分できるんではないかというふうに思うんですけれども、いかがですか。

○衆議院議員(葉梨康弘君) 松岡委員からボイコット運動の件を聞かれまして、ブレア政権でございますけれども、その後、やはりそういったような経緯も踏まえて、二〇〇〇年にイギリスで恒久法であります国民投票に関する法律を作ったときには、やはりかつてのボイコット運動、これの件も踏まえて、やはり最低四〇%ルールというのは撤廃をいたしました。最低投票率というのは設けないでいこうということでございます。

 それで、ボイコット運動は、昨日も赤松委員の方からいけないことであるというような御答弁がございましたけれども、私もいけないことだろうと思います。棄権の自由を認めるということは、私は認めてもいいと思います。しかし、参政権というのは、近代立憲主義の中で先人の血と命によって我々はかち取ってきたものでございます。そして、その参政権で棄権をする、棄権の自由を認めるというのは、その棄権をした人たちは他の有権者にその意思決定をゆだねるという、そういう意思だろうと思うんです。やはり、投票所に足を運んだ人の意思というのはしっかりとこれは反映しなきゃいけないし、その投票所に、意思を表明する意思があるんであれば、それは反対あるいは賛成という形で明確に意見を表明するというのは、先人がかち取ってきたこの参政権を本当に行使するためには私は必要なことなんだろうというふうに思います。

 ボイコット運動というのはちょっと例が悪くて、アイルランドのあのチャールズ・カニンガム・ボイコット大尉がサボタージュでアイルランドを追い出されたのが元々のボイコット運動の語源だというふうに聞いていますけれども、棄権運動なんですね。ですから、反対のための棄権運動というのは、これはやはり近代立憲主義の中で参政権を行使するという意味からはやはり良くないことであるというふうに私は考えています。

○松岡徹君 私も、ボイコット運動は正しいとは思っていません。やっぱり国民の義務としてもしっかりとした意思を表すべきだと。しかも、その行為がその主権者たる国民の意思によって、変えるか変えないか、あるいはそのままでいくのかいかないのかという意思を決めるからこそ大事なことなんですね。

 しかも、今回のこの投票法自身が、憲法の九十六条をどう読み取るかといったときに様々な議論あったと思いますが、元々間接民主制というものを容認しているこの憲法の中で、直接民主制のような部分を容認している国民投票、国民の意思というものの諮り方、あるいは最高裁の判事の問題であるとかあるいは地方の住民投票とか、そういった部分が容認されているんですね。憲法の中では、基本的には間接民主制という立場に立っていますけれども、なぜこの直接民主制の部分を容認しているのかという意味なんですね。この意味をどういうふうに読み取るのかというのは、私は、やはり間接民主制というのは必ずしも民意を反映すべてしないという部分が生まれてくる、すなわち間接民主制を補完するものとして直接民主制の部分を容認する、すなわち国民に直接意思を聞くということもあり得るということだと思うんです。

 間接民主制は、我々は、国民が選ぶのは議員を選ぶんです。国民は政策を選ばないです。議員を選ぶんです。その政策を決める、法律を決めていく議員を選ぶんです。しかし、これで民意が、すべて間接民主制ということで民意が反映されるのかといえば、必ずしもそうでないですね。選んだ議員が不正をするとか、あるいは議員自身が辞職する、辞職というか、ということになれば、その議員に投票した民意はその時点で反映されないということになるんですね。

 これだけが問題ではないですが、しかし、いずれにしてもその間接民主制で決めたことが必ずしも民意を反映するものではない。すなわち、間接民主制をより民主的に民意を反映させるための補完的なものとして、憲法は国民投票というような直接民主制の部分を容認しているというふうに私は理解をするんですね。だからこそ、だからこそこのボイコット運動というのはあってはならないというふうに私は理解します。

 だけど、国民の意思というのは、棄権するという自由というのも当然、今までも議論ありましたように、それも国民の意思として認められるか認められないかということは、大勢としては、棄権することも国民の意思として認めるべきだというような意見が大勢でありますけれども、そういう意味では、提案の仕方とか進め方というのは、やはりこのボイコット運動を容認してしまうことになるから最低投票率を設けないということにはならないというふうに私は申し上げておきたいというふうに思うんです。

 そして、もう一つの理由で言っておりました、関心の薄い例えば条文とかの部分を改正するときには、当然のように投票率が低くなるんではないかと。これは、私はこれは国民をばかにしているんではないかというふうに思うんです。たとえ関心の低いというか、であっても、それは憲法の条項なんですよ。それを変えるという行為自身は主権者たる国民の権利なんでありますから、国民が変えられるわけでありますから、関心の低い条項については投票率が低くなるから、だから最低投票率を設けないということの理由にはならないと思うんですけれどもね。いかがですか。

○衆議院議員(葉梨康弘君) これは今のボイコット運動の議論ともかかわるわけですけれども、我々は棄権の自由を認めるという中で、有権者、国民の中に他の有権者、投票所に行った他の有権者に認めてもいいよという人の自由を認めるわけです。ですから、明らかにこれぐらいだったらというか、こういうような案件であれば投票所に行かなくてもほかの方たちにゆだねてもいいよというような国民が多数を占めるような案件というのはやはり幾つかは出てこようか、これはもう技術的な問題であろうかと思います。

 諸外国の憲法典見ましても、これも国によってまちまちではございますけれども、例えば統治機構に属することあるいは他の技術的な問題については国民の、国会における絶対的な多数で、さらに、基本原則というのは改正できないにしても、その外縁の基本原則に近いような部分については国民投票でというように切り分けをしているような例もやはり現実にあるわけでございます。

 ですから、そういった意味で我々申し上げましたのは、国民の中でこの問題については他の国民にゆだねてもいいよというような案件が多数を占めるというような案件もあるんじゃないかということで申し上げたわけでございます。

○松岡徹君 私が言いたいのは、最低投票率を設けない理由にこういったボイコット運動をあおることになるとか、関心の低いものについては投票率が低くなるとかいうことが最低投票率を設けない理由にはならないでしょう、それは極めて提案する側、発議する側の工夫とかいうものになるんでしょうということなんです。

○衆議院議員(保岡興治君) まず、最低投票率を仮に先生どれぐらいがいいと考えられるかということの想定でいった場合、イギリスのように四〇%、あるいは韓国のように五〇%、あるいは我が国の普通行われる選挙の最低三〇%ぐらいがあり得るので三〇%。仮に三〇%とした場合に、それは国民が、例えば二十五人賛成して、その中で、あるいは二十六人でも七人でもいいです、かなり多数が賛成して、残りが反対だというような世論が、国民の判断があった場合、投票の結果、そういうときに、わずか少数がボイコットするだけで、数人の反対意見者がボイコットすれば三〇%切るわけですね。百人の場合の最低投票率を、三十人で投票して、二十八人が賛成して、二十九人でもいいです、たった一人が棄権をすることによって二十九人の意思を否定する結果になる。こういうことは、これは少数者に絶大な権限を与えるということになって、かえって直接民主制を定めた九十六条の趣旨に全く沿わない結果を招くことになる。

 そういった意味で、棄権する自由はあるけれども、棄権することを権利として、担保として、こういうふうに少数で否決できる権利として、制度として担保することはしない方がいいと言っているのでございます。しない方がいいと考えたのでございます。

 それとまた、国民に、専門性が高くて、あるいは技術的な問題が、あるいは高度ないろんな情報、政治的な要素を考えて判断されているような問題については、むしろそれはプロの国会議員に任せた方がいいといって棄権する人が多くなるのは、これは当然の民意の動きだと思います。そういう際には、もう自らの直接民主制の権利を行使しなくていいと、それは国会の発議に任せる、ほかの人の、少なくともよく分かる人の判断に任せるというケースもあるだろう。そういうときに、実はボイコットも含めて、少数権利者の強大な権限を認めることも含めて、そういうケースもあるだろうということで申し上げているのであって、決して、何というか、国民の判断力がないから、そういう判断力のないことを前提に低い投票率を定めないなどと主張しているのではないということを御理解賜りたいと思います。

○松岡徹君 私は、その予想される国民投票の結果というものは、海外の事例や今までの住民投票とかいうのを参考にすることはそのとおりです。しかし、今回のこの手続法、国民投票法というのは、この国の基本を成す憲法を改正するかどうかの大事な、根幹を成す大事な法律なんですね。それを決めるのは主権者たる国民なんです。

 だから、そうすると、私は、ボイコット運動が起きるからとか投票率が低くなるからということが理由ではなくて、憲法九十六条に、要するに憲法に最低投票率の明記がされていないということがどう読み取るのかということになると思うんです。だから、そうすると、憲法に明記がないから、憲法違反だから最低投票率を設けないという理屈だけで最低投票率を設けない理由にはならないと私は思うんです。

 すなわち、想定される場合、まあ何でもありますが、極端な話、一五%で可決、過半数出た場合、これが大事なこの国の基本を成す憲法を変えるにふさわしい投票率なのか、あるいは過半数と言えるのかということをどう説明するのかですね。憲法に書いていないからと言うんなら、そうしたらそういうような投票率で成立してもいいのかと、この大事なこの国の基本と成す憲法の成立がですよ、そのことをどう説明するおつもりなんですか。

○衆議院議員(保岡興治君) それは確かに、再三申し上げているように、憲法改正には国民の基本法という大事な位置付けからいっても多くの人に投票所に行って判断して権利を行使していただきたいと、こういうふうに願うわけですね。これはみんなすべての願いだと思います。ただ、現実の問題として、非常に専門性の高い、技術的にいろいろな政治的なたくさんの要素を考えなきゃならない、どちらかというとプロが判断すべきような改正テーマというのが改正の中にないわけではないわけですね。そういうものが投票率が低いために改正の機会がなくなってしまうというようなことは、むしろ主権者の権利行使の機会を事柄の性質上奪ってしまうということになって、憲法の九十六条が予想しているところではないと私は思います。

○松岡徹君 それはちょっと視点が違うと思うんですね。私は、国民の側もそうですが、私たちの大事なこの基本を成す憲法を変えるには、少なくとも「その過半数」という「その」というものをどう読むか。すなわち、少なくともみんなが、これぐらいの人がおれば変えてもいいよというような、まあ社会常識というか、それが何%なのかというのは今憲法にも明確に書いていないわけですから、その過半数といっているんですから、しかし、それぐらいのやっぱり数が支持するということはこれは理解できるということになると思うんですね。しかし、それを下回った場合どうするんだ。だからこそ最低投票率という考え方が生まれてくると思うんですね。すなわち、それほど大事な規範となる法律でありますから、少なくとも主権者のこれぐらいの数の支持を得ることが大事だということを設ける。それでもし成立しなかったら、また次やればいいんですよ。

 ですから、私は、最低投票率を設けて、成立しないということを前提に話するのではなくて、我々は、これからも守るべき規範となる憲法を、しっかりと国民すべての守るべき大事な憲法としての認識を高めるためにもやはり最低投票率を設けることが是非とも必要だというふうに今思っておりまして、時間が参りましたのでこの辺で終わりたいと思いますが、しっかりとこの辺も、まだ今日申し上げておりました発議の問題でありますとかいろいろありましたが、また是非とも次の機会に議論させていただきたいと思います。

 これで終わりたいと思います。ありがとうございました。

参照:憲法調査特別委員会で質疑(活動報告)

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