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2007年5月11日 (金) 更新

[発言録] 「国民投票法案」についての参考人質疑

2007年5月8日
参議院・日本国憲法に関する調査特別委員会

○松岡徹君 民主党・新緑風会の松岡でございます。

 今日は四人の参考人の皆さん、大変ありがとうございます。さきの前半の参考人の質疑、そして今四人の皆さんの参考人の意見を聞かせていただいて、やっぱり時間は掛かるなと、もっとしっかり議論をしなくてはならない点がたくさんあるなということを正に今実感をしたわけであります。

 今、時間も限られておりますので、いろいろ質問したいところがありますが、的を絞って質問させていただきたいと思います。

 先ほど高見参考人からもございましたし、小林参考人からもありました。要するに、両院の存在価値が、今回の国民投票法の手続として行われる発議の過程において、合同審査あるいは合同で発議をするものを決めてしまうということが両院の存在価値そのものをなくしていくことになるんではないのかということなんですが、しかし一方で、すなわち他の一般のといいますか、法律とか議事ではなくて、憲法の改正という特別の性格からすれば、この両院の優越というものはここで論ずるべきではないと。すなわち衆参は同じであると。したがって、九十六条をどういうふうに読むかということは、九十六条そのものが様々な不備なといいますか、解釈のところでたくさんあるというふうに思っておりますし、ただ共通しているのは、権者である国民にひとしく公平に正しく、改正も含めて、あるいはそれ以外の意見も含めてしっかりと反映されるような手続法にしなくてはならないということは基本であるというふうに思いますね。

 その上からすると、やはり国会は発議をするだけの役割でありますから、この合同審査というものがそういう視点からすればどういうふうな性格といいますか、どういうふうなものであらなくてはならないのか。単に、小林参考人がおっしゃっていました、どうも政党力学といいますか、というのが当然のように働きますから、恣意的に政治的にそれが働いていく、それがゆがめられていく、国民にどう映るのかということになれば、政争の具になってしまっているんではないかというマイナス面が生まれてくることも事実であります。

 本来、そういうことをおいて、先ほど私が申し上げた視点から見て、合同審査というものがどういうふうに設置されるべきものなのか、そこで大事な視点といえばどういうふうな見識をお持ちなのか、それぞれ一言ずつお聞かせいただきたいと思います。

○参考人(鈴木利治君) これは、合同審査というものは実際にはそのときに国会議員に就任しておられる先生方が担当されるわけでございますので、それぞれの政治的な識見に基づいて運用されるんだろうというふうに思っておりますが、一つ想像で言えることは、衆議院及び参議院で現実にそのときの先生方の基本的な意見がもし一致していないというようなことがあるとすれば、それは恐らく憲法改正発議の機が熟していないと、当然そういうことになるんだろうと思うんですね。例を申し上げますると、衆議院の方では参議院の権限を縮小すべきであると、仮にこんなことをお考えになったときに、その案がそのまま参議院の方で大方の賛同が得られるというようなことは到底考えられないわけです。ですから、基本的に両院で発想が違うというようなものであれば、これは幾ら合同審査会を設けたからといって一致するということはないと、これはもう一目瞭然のことであります。

 もしそうではないとすると、先ほども申し上げましたが、それぞれの政党が政策を掲げて選挙を戦って、その結果議席を得て、そして国民の負託に基づいて、憲法のうちこの部分を改正すべきであると、こういう御意見を明らかにした上で、多分この手続法が施行された後の選挙では憲法改正のどの部分を改正するかということ自身を明らかにして選挙が実施されるんだろうと思われます。その上で、衆議院あるいは参議院それぞれ選挙が別でございますので、それぞれの機会にどういうことを政策としてそれぞれの政党が訴えたか、これによって基本ラインが決まる。そういったものが大方の一致を見て、三分の二に達しそうだというところで初めていずれかの院で発議すると。他の院でも発議を前提として原案が出されると。そういうときに、基本的なことではなくて、どちらかというと技術的なことが審査されるということでないかなと思うんです。もし基本的なことが違うんならば、それは審査でないと思うんです。

○参考人(小林節君) 先ほども触れましたけれども、衆参の定数が不均衡である以上、合同審査会というのは、政治は数でございますから、極力開くべきではないと私は思うんです、良き審査をするためには。

 ただ、同じく、一つは数の論理ですけれども、質の論理でございますから、例えば自民党における新憲法草案の策定過程における舛添議員の働きなど、味方から見れば頼もしい決定力で、敵から見ればけしからぬということになるわけでありまして、いわゆる人材の問題でありまして、民主党にも人材はおられますし、そういう意味では、要は最後にまとめに掛かる前にどれほど質の高い議論を我々国民に見える形でしてくださるかだと思うんです。そういう意味では私は、何というか、絶望していません。以上です。

○参考人(高見勝利君) 二点申します。

 一点目は、合同審査会がかつてというか、戦後国会の制度が始まりまして初期のころに大変盛んに行われたという経緯がございます。行われたんですけれども、その当時の議事録を読んでみて分かることは、結局無駄なんですね。というのは、どうせ法案が回ってくるわけなんで、今どうしてやらなきゃいけないのかと、効率を考えてやらなくなったというのが一つですね。それからほかにも、何ですかね、ただ要するに聞きおく、言いおくというだけで、趣旨、目的が今度の法案とはちょっと違うことはあると思うんですけれども、ともかくなぜ従来の合同審査会というのが消えていったのかということの検証というのはひとつ必要だろうと思いますね。

 それから、もう一点ですね。もう一点は、今回の場合、勧告権が付いております。この勧告権、要するに合同審査会だけならば余り意味が、それこそ僕にとってはどうでもいいことなんですが、ただ、勧告権を付けた審査会というのは、これは少なくともそのそれぞれに合同審査会で決まったことがその両院を縛っていく、衆議院、参議院を縛っていくという、事実上ですよ、事実上。そういう意味合いを持っているわけで、この機能をどう考えるかという、これは大変重要な問題だというふうに思います。二院制、つまり一院的な運用になるわけですよね。

 なおかつ、その国会に設けられた勧告権を持っていた機関というのは、両院法規委員会という、これも途中で消えましたけれども、最初の国会で設置された機関がございます。この機関というのは、実は衆議院の機関でもなく参議院の機関でもなくて、非常に特異な国会に設置された機関ですよね、両院法規委員会です。ですから、その勧告権というものを付けて、両院に対してというか、その勧告を出せるという、そういった機能を持っていたわけですね。

 それと同じものを今度合同審査会という形で設けるということの意味ですね。これもやはり十分考えていただかないと、つまり各院の寄り集まりの機関ではなくて、言わば国会独自の機関としてその勧告機能を持ったそういった委員会であったわけですよね、かつてはね、両院法規委員会は。それとの性格の違いをどういうふうにこの勧告権を持った合同審査会というのは考えていくのか、そこは相当詰めてお考えいただかないと、制度設計上非常にまずいんじゃないかというふうに思っております。

 以上です。

○参考人(隅野隆徳君) 基本的にこの百二条の八につきましては、最初の私の報告でも触れましたように、かなり疑問を持っております。しかも、今指摘もされましたように、百二条の八の二項に、憲法改正原案に関し、各憲法審査会に勧告できる、ここのところがどう作用するのかというところを警戒しないとならないと思うんですね。

 やはり参議院の自主性、独自性、そしてそれがそれなりに選挙民、地域と結び付いているわけですから、そういうことを憲法改正問題にどう反映させるのか。何かここの法案の作成過程はつまびらかではありませんが、何となしに衆議院の線でこう来たのではないかと推測してしまうんですが、やはり参議院は参議院として今までの蓄積をどういうふうに大事にし、主張していくのか。そういう中で、この各憲法審査会への勧告というところを、場合によったら縛るとかいうことが必要でないかというふうに思っております。

 以上です。

○松岡徹君 時間がありませんので、聞きたいことがたくさんあるんですが、参議院のその独自性といいますかね、良識の府としての役割を、かつては郵政民営化反対の決議が衆参と違ったんですね。その途端何したかといえば、解散して直接国民に聞いたんですね。これは国民投票みたいなものですが、そういったことがあったんですが。

 次に、無効訴訟のところでちょっと聞きたいんですが、今回の法令は、無効訴訟の事由として三つほど書かれていますけれども、時間がありませんので聞きたいんですが、もし訴訟が起きた場合のこの憲法の改正案の有効時期というものがその裁判の後なのか、どの時期として判断すべきなのかということがありますし、もう一つは、無効訴訟が起きる場合の無効事由の中に憲法の限界というのが、先ほど隅野参考人もございましたが、憲法の限界のところにまであるのかどうか、それが無効事由になるのかならないのか、それぞれ一言ずつ、できれば聞かせていただきたいと思うんです。

○参考人(鈴木利治君) 先生の御質問でございますが、憲法改正の効果と国民投票無効訴訟の関係については法案の百三十三条に規定がございまして、憲法改正が無効とされるというような結論になりそうだというふうに裁判所が判断した場合に、憲法改正の効果の発生の全部又は一部の停止をすることができると、こういう規定が設けられておりますので、場合によって、この規定の適用がありますと、無効の裁判の判決が出て、そして無効となると再投票実施と、再投票の結果によって最終的に憲法改正の効果が定まると、こんなことかなというふうに考えております。

 それから、済みません、もう一つの御質問は。

○松岡徹君 憲法改正の限界。

○参考人(鈴木利治君) 限界ですね。

 今回の国民投票無効の訴訟では無効事由を三つに限定しておりますので、逆に言いますと、憲法改正案の内容そのものについては裁判所は立ち入らないと、こういう制度設計になっているところでございます。小林先生がおっしゃったように統治問題という側面、しかも国民自らが判断する統治問題ということなので、こういう設計で私はいいんでないかなと思っております。

○参考人(小林節君) 後者だけですけれども、憲法改正によって国家という土台ができて、そこに裁判所としての存在理由もあるわけですから、裁判所がその土台を問うということは自己矛盾であるという理屈で、大体、改正権の限界を超えた、学問上は限界を超えた改正はしちゃいけないんですけれども、それは政治で決着を付けるべきものとなっていると思います。

 第一の論点は、今、鈴木先生がおっしゃったとおりだと思います。

○参考人(高見勝利君) 第一の論点についてはやっぱり二つ、制度設計としては二つあると思うんですね。つまり、無効訴訟が最終的に決着が付いてから発効されるということもあると思うんですけれども、それと現行法の、これどちらでも立法政策上の問題だと思いますし、それから、ましてやというか、今回の場合にもそういう効力は少ない、停止をする、発効を停止させる、そういった措置を設けておりますので、事実上はそれでいいのかなというふうに思います。

 それから二番目の方は、これはもう先ほど述べましたように、要するに基本的に、最終的に裁判所は限界を超えるかどうかというのは一体何を基準にして決めるのということですよね。だから、そもそもやっぱり判断としては難しいだろうし、結局、これは国民が判断したことでありますので裁判所は口出しできないだろうと。ですから、最終的には統治行為なり政治問題という形で一種の決着になるだろうということです。

○理事(中川雅治君) 隅野参考人、恐縮ですが、簡潔にお願いいたします。

○参考人(隅野隆徳君) はい。

 憲法改正限界論の問題は理論の問題ですが、しかし、ドイツとかフランスなんかの憲法裁判所的な制度からすれば、それ自身を扱うということもやっているわけです。日本の場合に、この法案の百二十八条はそこを想定していませんが、将来的には、先ほどちょっと将来の課題としてというふうに限定して述べたんですが、しかし、こういうこの法案の無効投票の制度をやれば、国民は必ずそれを使って改正権の限界論を持ち込むと思うんですね。それがまた大きな課題に、これをきっかけになっていく可能性もあるというふうに思います。

○松岡徹君 終わります。

参照:両院の在り方・国民投票の無効訴訟等について参考人質疑(活動報告)

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