12月8日、「世界人権宣言60周年記念東京集会」(主催:世界人権宣言中央実行委員会、後援:反差別国際運動日本委員会)が開催され、私は基調報告を行ないました。
1948年12月10日、世界人権宣言が国連で採択されて今年でちょうど60年を迎えます。第二次世界大戦の戦禍を教訓に、宣言には、あらゆる差別を撤廃し人権を確立することが世界の恒久平和を実現することにつながるという精神が反映されています。その後、宣言を条約化した「国際人権規約」をはじめとして、「人種差別撤廃条約」、「女性差別撤廃条約」など、国連が中心となって作成した国際人権諸条約は30に及びます。
国連においては2年前、人権に関わる取り組みを強化するため、人権委員会が人権理事会に格上げされました。世界人権宣言60周年の今年、人権理事会においてすべての国連加盟国政府の人権の履行状況に関する普遍的定期審査(UPR)というものが開始されました。会議のなかで差別撤廃と人権確立を求めた国連の人権活動を一層促進するため、国際的努力を強化するということが求められています。日本は人権理事会の理事国となっており、国際社会の先頭に立って人権課題により積極的に取り組んでいくべきです。
差別や人権侵害はそれらの被害を受ける側だけの問題ではありません。差別する側、される側双方に対する効果的な手だてが必要です。差別意識の解消には、教育や啓発はきわめて重要です。しかも、「私には関係のない問題」とか「私は差別していないし、これからも差別しない」という意識に働きかけていくには啓発の技術が求められます。2000年12月に「人権教育・啓発推進法」が施行されたことは意義が大きいと思いますが、人間の成長過程の中で働きかけていく人権教育においても、今の国内状況を見る限り十分であるとはいえません。
一方、差別意識の解消に法というシステムから働きかけていくことにおいてはどうでしょうか。法の下の平等を規定した日本国憲法第14条は、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」としていますが、「差別してはならない」とはなっていません。差別禁止法の必要性が考えられますが、差別禁止にたどりつくまでに、差別してはいけないという意識にまで高めることも重要です。
そして、実際に起きている差別、人権侵害には、公権力によるものがあります。不当な取り調べや裁判による冤罪の被害もその一つです。志布志事件や氷見事件のように、無実の罪をきせられ、人間の尊厳を傷つけられ、貴重な人生の時間を奪われるという事件も存在します。これら公権力による人権侵害を含め、それらの救済のための法制度の確立もまた重要です。残念ながら、「人権擁護法案」が国会にはじめて上程されたのは2002年3月で、それからすでに6年半もの月日が流れています。
世界人権宣言60周年を迎え、あらためてこの宣言の意義を確認し、世界と日本の様々な差別や人権侵害について考え、その撤廃にむけて世界の国々と人々がたゆまぬ努力を重ねていくことが求められている。そのことを再確認したいと思います。