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2009年11月27日 (金) 更新

[発言録] 取り調べの可視化法と人権侵害救済法の早期制定にむけて質疑

2009年11月19日
参議院法務委員会

○松岡徹君 おはようございます。
 八月三十日の衆議院選挙で政権が交代いたしまして、民主党を中心とする内閣が誕生いたしました。
 千葉先生、初めて法務大臣に就任されまして、おめでとうございます。また、加藤副大臣、中村政務官も、これまで民主党の中で法務の仲間としていろいろな懸案事項についていろいろと議論をし、やり取りをしてまいりました。お二人含めて、これから大いに期待を申し上げたいと思います。
 先日、この委員会で大臣並びに副大臣、政務官のそれぞれの所信のあいさつをいただきまして、それにかかわる質問を私の方からまずはさせていただきたいと思っています。多岐にわたりますので、その中でも、民主党はマニフェストで、人権委員会の設置に関する法律あるいは可視化法の制定ということを含めましてマニフェストに挙げております。その問題を中心に、大臣の所信といいますか考え方をお聞きをいたしていきたいというふうに思っています。
 皆さんも御存じのとおりでありますが、この間我が国において、なかなか冤罪という言葉は、千葉大臣はそういう言葉をお使いになるのかどうか分かりませんが、前の鳩山法務大臣のときは、いわゆる世間で言うところの冤罪だというふうに、そういう前置きをして冤罪というふうにおっしゃっていました。広辞苑で引きますと、冤罪とはぬれぎぬでございまして、無辜の人が罪人として裁かれていくということがあってはならないわけでありますが、残念ながら、ここ二年間の間に志布志事件あるいは富山の氷見事件が起きました。そして、今年に入って足利事件という事件が、冤罪事件が発覚したわけであります。
 この冤罪は、一九八〇年代にそれぞれ大きな冤罪事件が発覚したことはもう御存じだと思っています。そのときにも当然のように議論になったはずなのですが、残念ながら、今の時代になっても冤罪事件が続発してきているということがあります。
 なぜこのような冤罪事件が今なお起きるのかというところを大臣の御認識をまずお聞きをしたいというふうに思っていますので、よろしく、率直な御意見をお聞かせいただきたいと思います。

○国務大臣(千葉景子君) おはようございます。
 まず、冒頭、質問をいただきましてありがとうございます。
 今、松岡委員から御質問がございました。
 私もこれまで冤罪という言葉も使わせていただいてまいりました。一般的に冤罪という言葉、使われているものだというふうに思っております。ただ、正確に言うと、法的に冤罪というのがどう定義をされているかということは確たるものはないのかなというふうには思っておりますが。
 このようなことが起きる背景、これにはいろいろな問題があろうかというふうに思いますけれども、私自身は、やはり証拠を十分に、客観的な証拠を十分に吟味をすることなく、やはり自白の信用性、こういうものによって立つということが大きなやはり根底にあるのではないかというふうには思っております。これはあってはならないことでございますし、適正なやはり捜査、そしてまた、仮に自白というものがあっても、その真意あるいは信用度、そういうものを十分に検討して判断をしなければいけないというふうに私は思います。
 やはり、この間の捜査がどうしても自白を重要視する、そしてそれによって他の客観的な証拠の吟味がどうしても不十分になりがちだったと、こういうところに私は間違いが起こってきた一つの背景があるのではないかと、このように私は認識をいたしております。

○松岡徹君 大臣がおっしゃいました、要するに客観的に証拠を調べていくというのが私は捜査の基本だと思うんですけれども、これまでも批判されていました日本の裁判の調書主義といいますか、すなわち自白に偏重するという傾向が強かったもので、自白を引き出すといいますか、ここに捜査のあるいは取調べの重きがほとんど置かれていくと、こういうことで冤罪が起きる大きな原因の一つとしてあるのではないかと。
 私も全く同感でありまして、最近の事件を見ますと、例えば鹿児島の志布志市で起きた県議選挙における選挙違反容疑で捕まった十二名の当時の人たちですね。これの結果は全員無罪になりましたけれども、その間の取調べというのが、要するに自白を強要するということがありました。その十二名の中の一人の川畑さんというのは、特に踏み字事件というぐらい、そういうことが強要されました。
 それから、富山の氷見市で起きた強姦事件に対する被疑者として逮捕され、そして有罪判決を受けて二年間刑務所に服役していたと。その刑期を終えて出てきた後に鳥取で真犯人が見付かったと。彼の証言でも、なぜやっていない人が有罪になって服役をするのか。彼自身の、この方は柳原さんというんですが、私ももういろいろと直接本人からも意見も話も聞いてきました。そうすると、自白の強要が同じようにあったわけですね。
 最近の話では、足利事件の菅家さんというのがございます。
 この三つの事件が最近起きた冤罪事件としての典型ではないかというふうに思うんですが、この三つの事件から何を学んでいくのか。すなわち、今大臣がおっしゃったように、自白の偏重といいますか、自白偏重、自白を重要視するという捜査の仕方というのがございます。決して自白を軽視しろということではありませんが、冤罪を生む一つの原因として、自白を強要するという行為がされていくということですね。
 この三つの事件で一体何を学ぶのかということが大事になってくるんですけれども、私は、その前にもう一つ、なぜ冤罪が起きるのかという原因の中に、大臣がおっしゃったように、客観的な証拠の吟味といいますか、そういったことが本当に行われているのだろうかという気がします。客観的な証拠ということが本当に裁判の場で吟味されるのかということですね。私は、当然、検察、警察の方は犯人を検挙しその容疑者が犯人であるということを証明するために自白やあるいは証拠を見付けてくるんですが、しかし、最後のとりでといいますか、裁判で事実、客観的な事実を調べるということをしていれば、例えばそこの裁判の場でまずは冤罪を防げるんではないかという気がするんですね。
 私は、自白の偏重や客観的な証拠の吟味というものが不十分だということは、言葉では言いますけれども、それは起訴の段階なんですね、公訴に持っていくまでの間です。しかし、少なくともこの三つの事件の中では客観的な証拠でこの三人の方々は冤罪であったと、無辜の人であったということははっきりしているんですね。なぜこの人たちがそのまま裁判で有罪判決が出て、まあ志布志事件の場合は無罪が出ましたけれども、例えば富山の氷見事件の場合、有罪判決が出て二年間の懲役まで科せられるのか。なぜ裁判で見抜けなかったのか。この裁判の機能が本当に公平なのかどうか。
 ということは、私は、検察側は容疑者を犯人だということを証明する証拠を持ってきますし、自白を取りますし、しかし、裁判はもっと客観的に公平に吟味すれば分かったはずなんですよね。
 例えば、柳原さんの富山氷見事件の場合、客観的な証拠として、犯人と思われる足跡が二十八センチだった。しかし、柳原さんの足跡は二十四・五センチだと。サバイバルナイフだというふうに脅しの凶器を言われていたのが果物ナイフになっているとか、鎖のようなもののひもが実はビニールテープのようなものだったと。この違いをなぜ調べなかったのか。あるいは、柳原さんは証言していますけれども、被疑者として留置されていたときに、髪の毛を取られたりというDNAの検査をされるという、採取されていた。強姦事件でありますから、当然のようにDNA鑑定というのが今は非常に大事な証拠、客観的証拠であるにもかかわらず、なぜ裁判の中でそういった客観的な証拠の不一致を吟味しなかったのか。
 私は、結果的に冤罪を生み出す構造は、何も検察や警察だけの捜査の在り方とか自白偏重だけではなくて、裁判所がちゃんと客観的にやっているのかどうか、もっと言えば、裁判所が冤罪づくりの後押ししているんではないのかというふうに思うんですね。それについて、大臣、どう思われます。

○国務大臣(千葉景子君) なかなか私の現在の立場からして、司法、裁判所の問題について申し上げる、そういう立場ではないというふうに思っております。
 ただ、それぞれのこの間の課題を考えてみますと、やはり司法にかかわる、それは裁判所であり、あるいは検察、警察であり、そしてまたもう一方、被告人なりの防御をする弁護人の立場も含めて、全体でやはりこの問題について改めて検証をし、そしてまた問題点を改めて再認識をする必要があるのではないかというふうに思っております。
 そういう意味では、司法が本当に被告人のきちっとした防御あるいはその立場を受け止めているのか、そして、真の意味で、罰する者は責任を課する、そしてそうでない者はちゃんとそれを見抜いていくと、こういう司法全体としてのやはりもう一度再認識ということが必要なのではないかというふうに思っております。

○松岡徹君 私も野党癖が抜けなくて質問の仕方がついついそうなりますが、実は私、この質問は前のときにもさせていただいておりまして、志布志事件や富山の氷見事件が起きたときに、当時の最高検察庁がなぜこのようなことが起きたのかという反省といいますか、報告書を上げています。その中にも行き過ぎた捜査の在り方があったんではないかということも認めているんですね。
 私は、それだけではなしに、それを見抜けなかった裁判所は一体何なんだと。最高裁はなぜこの事件についての見解を示さないのかと言ったら、全然示さないんですね、まあそれは立場が違うというのはありますが。しかし、本当に冤罪をなくそうとすれば、そういうことが見抜けるような裁判の在り方というものもしっかりとこれからは吟味していくべきではないかと。どこで議論をすればいいのかということがあるんですね。
 この富山氷見事件で冤罪判決を出した裁判官は、その後翌年には、福岡の方、九州の方の高裁の判事に栄転しているんですね。これは不幸ですね、こんな人に裁かれるというのは、当たったら不幸なことになるんではないかと思うんですが、そういう意味では、なかなか冤罪を見抜くのは、少なくとも警察や検察の方がこの人が犯人だと言っていくわけですから、弁護団はいやそうではないと言うんです。それを裁判長は少なくとも公平な目で、客観的な事実をもって調べてそれを見抜いていくというのが私は正しい在り方だと思うんですね。
 少なくともこの三つの事件で学ぶべきところは、特に富山氷見事件や足利事件ですね、足利事件でもDNAの鑑定結果が唯一菅家さんの犯人だという決め手になっていたわけですが、そのことが逆になって、犯人ではないということが分かって釈放されたんですね。実は、弁護団は八年前にこの再鑑定をしてくれと言ってきたんですね。それは、DNAそのものの確度が、その当時、十七年、十八年前は二百分の一だったのが、今は何兆分の一というぐらいに確度が高うなったんですね。ですから、もう一度再鑑定してくれという申請に対して、当時の裁判長は却下したんですね。再鑑定ぐらいはしてもいいんではないかと思うんですが、少なくともその時点で裁判長がやっぱりそこまで確度が高うなっているんならもう一遍やってもいいんじゃないかと。やったら菅家さんは少なくとも八年前に釈放されていたということなんですね。冤罪は八年前に見抜けたんですよ。それをしなかったのはなぜかということになるんですね。
 そういう意味では、裁判がそういうことを見抜く機能が弱くなっているんではないかという気がします。是非とも検討をお願いを申し上げたいというふうに思うんですね。
 そこはなかなか立ち入れない問題、踏み込めないというところはありますが、今後の課題として是非とも、今、千葉大臣がおっしゃったように、課題として議論をしていき、変えるべきは変える、正すべきは正すということをお願いを申し上げたいと思いますが、この冤罪をなくすために、実は民主党はこの四月に、この五月から始まった裁判員制度ありますですね、裁判員制度でもスタートするときに私申し上げましたけれども、市民の方が裁判員になるのは、単に仕事を休まなくてはならないとかそれだけではなくて、本当にこのような自分も冤罪の加担者になってしまうというのが怖いんですよ、やっぱりね。例えば菅家さんの場合、十八年という人生を奪うことになるんですからね。そういった重荷をしょってしまうということに対する不安というのがありますから、やっぱり裁判員制度がスタートする、裁判員制度の趣旨を本当に貫くために環境整備をずっと民主党内では議論してきて、今年の四月に当時の森法務大臣に裁判員制度スタートに当たってこういう環境を整えるべきだということを民主党として申し入れていったんですね。そのときに私も一緒に同席をさせてもらいまして、加藤副大臣も一緒に行きましたけれども、そのときに取調べ過程の全過程の可視化、検察官の手持ち証拠リストの開示の必要性というのを書いてあるんですね。
 やっぱり裁判員制度を本当にその趣旨どおり達成させるためにも、裁判員制度をスタートさせる、あるいはその環境を整えていく課題の中に可視化あるいは証拠開示というものの法整備をしていくことだということを我々は申し入れました。その思いからして、可視化法の早期制定についての大臣の考え方と、日程的なものが決まっておりましたら、是非ともお聞かせを願いたいというふうに思います。

○国務大臣(千葉景子君) 今御指摘がございましたように、この間、裁判員制度がスタートをする、この裁判員制度がスタートをすることによって、言わばこれまで調書が非常に重視をされてきた、こういう裁判から、やはり直接供述を聞いて、そして裁判をするという、そういう構造に大きく変わっていくだろうと、こういうことは推測がされます。
 ただ、何らかで疑問を生じたときに、やはりその調書あるいは取調べの状況、こういうものをつぶさに検証できると、こういうことが必要になってくるだろうと。こういうことで、裁判員制度のスタートと同時に取調べの可視化、こういうことが必要なのではないかと、こういう指摘がされてきたこと、そして私もそういうことが大変重要だということは認識をしてきたところでございます。
 そういうことを受けて、何としても早期に取調べ全過程の録音、録画、可視化を実現をしていかなければいけないという私も決意を持っておりまして、ただ、実務的にあるいは様々なそれによって処理をしておかなければいけない課題もあろうかというふうに思います。それを詰めていく意味でも、今私の下に勉強会を設置をいたしまして、そして副大臣を主査にワーキングチームをつくり、できるだけ論点を整理をして、そして早期に方向性が出るように今スタートをさせていただいているところでございます。
 これから精力的にその精査をして、そして問題点、実務的なことも詰めて、何とか早く取調べの可視化、これを実行できますように努力をしてまいりたいというふうに思っております。

○松岡徹君 日程的になかなか、今勉強会をスタートしているということで、それは期待をしたいというふうに思っています。一日も早い成立を私たちは望んでいきたいというふうに思っていますので、その辺は一緒だと思っていますので、お願いを申し上げたいと思います。
 最近の事件でも、裁判員裁判の対象事件の中に覚せい剤の密輸入のやつで否認の事件がありますから、要するに、自白の信用性の問題にかかわっては、当然それは裁判も長引きますし、その自白は正しいのか、本物なのかということを調べるということが非常に大事になってきます。それだけでも急いでいくということが、こういうふうに裁判員制度の対象事案が、そういう事件が増えてくるという可能性がありますので、一日も早い成立をお願いを申し上げたいというふうに思っています。
 ところで、あした、実は先ほど言いました三事件のうちの富山氷見事件の国賠訴訟の第二回の公判が富山地裁高岡支部であるんですね。例えば志布志事件でもそうですけれども、こういった冤罪の被害者が国賠という訴訟というのをやっています。当然、大臣が訴えられる側になるわけですが、彼らがなぜ国賠訴訟を起こさざるを得ないのか、あるいはなぜ起こそうとするのか。これは、彼ら自身が、なぜ私が犯人にさせられてしまったのか。ある日突然、あんたは犯人ではないと、無罪ですといって世の中にほうり出されて、しかしその間の人生は奪われて、その間の生きる人間としての社会権まで奪われていく。
 例えば免田栄さんという、免田事件の免田栄さんがおりましたが、彼は昭和三十六年の皆年金制度ができたときには刑務所に入っていました、死刑囚として。そして、出てきた昭和五十七年のときにはもう既にその年金を掛ける資格要件がなくなっていた。あんたは無罪ですと言われて、今なお年金を受けられないんですね。何とか回復してほしい、そんな手だてはないのかといったら、年金を掛けていないから払えない。それはそうでしょうね、当たり前です。しかし、彼は払いとうても払えなかったんです。刑務所に入っていたんですね。そうしたら、どない言うかといったら、その刑務所に入っている間に免除申請をすればいいと。あした死刑になるかもしれない人が三十年後の年金を受ける免除申請をするばかがどこにおるねんと、そんなやり取りしかしない厚生労働省の窓口はおかしいと。彼のこの三十年の人生を、刑務所の中で送ってきた。そして、日本人として当然のように、無実ですから、無実でこんな冤罪にならなかったら当然のように掛金払うていますし当然のように今は年金を受けられているはずなのに、受けれないんですね。あんたは無実ですと言われてぽっとほったらかしにされると。
 やっぱりこの冤罪になった人たちが社会に出たときに、どう人間として、国民としての権利を回復してあげるのかというのを、これ是非検討していただきたいというふうに思うんですね。免田栄さんは今八十三歳です。残り少ない人生の中で、あんたは無罪、晴れて無罪になったにもかかわらず、国民なら当然受けているべき年金が受けられないでいると。この受ける権利を奪ってきたのは一体だれだということなんですね。
 この冤罪の人たちが国賠訴訟を起こすのは、なぜ自分がこういう犯人にさせられていったのかということをやっぱりはっきりしてほしいということなんですね。それは、これによってこの人たちの人生がずたずたにされているということなんですね。どういうふうに生きる人間としての権利、社会権を保障してあげるかということがないからこういったことが起きるんではないかというふうに思っています。
 可視化の取組というのは、こういった被害者といいますか、こういったことを二度と起こさない。彼らの共通する国賠訴訟の思いは、二度と私たちのような目に遭う人間が起きてほしくないという思いなんですね。この思いにこたえるためにも是非とも可視化法の早期制定に全力を挙げていただきたいというふうにお願いを申し上げたいと思います。
 時間の関係上、次に移らせていただきますが、もう一つ、人権委員会の設置に関する法律の制定でありますが、もう御存じのように、この人権侵害救済法といいますか、仮称でありますが、これはもう前の自公政権のときからも懸案でございました。人権擁護法という名前でその当時の閣法として提出されていましたが、内容の中身をめぐって残念ながら廃案になったという経過があります。
 しかし、この法律は、大臣が大臣就任のあいさつのときに申し上げておりましたし、国際的な状況から見ればそうではありますが、この救済法をなぜ作らなくてはならないのか、人権委員会設置法をなぜ作らなければならないのかというのは、立法事実があるからだと思うんですね。国連の人権条約がどうだからとかパリ原則がどうだからじゃなしに、日本の、我が国の国内にこういう法律を作らなくてはならないという立法事実があるからだと思うんですが、その辺の認識は千葉大臣からちょっとひとつお聞かせ願いたいと思います。

○国務大臣(千葉景子君) 私も、就任に当たりまして、この人権救済制度、機関の設置というのが今大きな課題であるということで挙げさせていただいているところでございます。
 今御指摘がありましたように、国際的にも人権救済機関の設置ということが大変大きな要請になっているところでもあり、また立法事実としても、今、もう御承知のところであろうというふうに思いますけれども、例えば、子供あるいは高齢者に対する様々な虐待事例、あるいは女性に対する暴力等のこれも事例、あるいは門地や障害等を理由とする差別等々、また学校やあるいは職場などでのいじめと言われるような問題、依然として、いろいろな救済方法があるといえども、十分にやはりこれらの問題について機能を果たし得ていないということがあろうというふうに思います。
 そういう意味では、このような課題について総合的に、そして適正にあるいは迅速に救済を果たしていく、こういう機関が私はやはり今求められているのではないかと。だからこそ、逆に国際的にも日本にもそういう機関が必要だという強い要請も受けているんだというふうに認識をいたしております。

○松岡徹君 全く同感でございまして、国内にそういう立法事実があるからこそこういう法律を作ろうということでありまして、今なおそれぞれの違いによって差別や人権侵害が起きているということは事実でありますから、是非ともそういった人たちの救済を図るような機関を設置する、すなわち人権委員会を設置するというこの法律は非常に大事な問題であります。そのことが国際的な人権水準を高めていく役割といいますか、日本の持つべき国際的な責務を果たしていくということにつながっていくというふうに思っています。その結果がパリ基準、パリのそういった基準、国際基準に合致していけば一番いいわけでありますから、そういう意味では是非ともお願いをしたいと。
 しかし、残念ながら、これは経過からいいますと、そういった立法事実に対してどうするかという対応の中で、実は二〇〇一年の人権擁護推進審議会というところから答申を受けて当時の内閣が擁護法案というのを出したんですね。それからもう丸八年、来年で九年になるんですね。今なおまだできていないんですよ。
 是非とも千葉大臣の下で成立できるようにお願いを申し上げたいと思いますが、その決意のほどを。まあ、めどとまた言うたらあれがありますので、早急に作っていただきたいという決意を含めて、最後、お願いを申し上げたいと思います。

○国務大臣(千葉景子君) 今、これも御指摘がありましたように、確かに審議会の答申から八年、九年になろうとしていると、こういう状況でございます。私も、是非これを一刻も早く実現をしなければいけない。この間、国会の場でも相当な議論が積み重ねていただいているということもございますので、課題あるいはまとめのある意味では段階に当然来ているものだというふうに私は認識をいたしております。そういう意味では、最終的に問題残すことなく整理をして、でき得る限り早期に実現に向け着実に進めてまいりたいと考えております。

○松岡徹君 ありがとうございます。
 次に、もう時間がありませんので最後になりますが、難民認定法の問題につきまして御質問だけ、一問だけさせていただきたいと思います。
 平成十六年ですからもう四年以上前になりますが、四月に、出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案に対する、法律が一部改正されたんですが、そのときの附帯決議がございます。その附帯決議の中に、仮滞在許可制度あるいは難民認定における不服申立制度等、難民認定に関する各種制度について、その運用状況を勘案しつつ三年後を目途に検討を行うというふうに附帯決議でなっているんですが、もう四年過ぎているんですね。
 検討してきたのか、あるいは今後どういうふうに検討をされようとしているのか、検討する気があるのか、是非とも大臣にお聞かせいただきたいと思います。

○国務大臣(千葉景子君) この間のことにつきましては、私もどのような取組がされてきたのかということを改めて調べさせていただきました。
 主な改正といいますか検討、例えば審査期間が非常に長いということで、それに向けて職員を増員をするあるいは基礎資料をきちっと収集をするなぞという、本当にこれは基礎的なことだろうというふうに思いますけれども、そういう取組は確かにされてきた。あるいは異議申立て制度の運用と、こういうことのために難民審査参与員の増員などを積み重ねてきたということもあると承知をいたしております。また、UNHCRなぞとの連携をでき得る限り密にしていくということも積極的に行ってきたというふうには承知をいたしております。
 ただ、委員御指摘のことは、更なる法的な見直し等々も含めてどうなのかという御趣旨ではないかというふうに私は受け止めさせていただいております。まだそこまで私も取りかかっているものではございませんけれども、この趣旨、これを受け止めて、どのような問題点があるかをもう一度検討しながら、法の見直しも含めて何か検討を進めていかなければいけないというふうに考えております。

○松岡徹君 ありがとうございます。
 たくさん課題はあろうかと思いますので、我々も野党癖を一日も早く抜け出して、大臣のその決意にこたえられるように我々も頑張りたいと思いますので、どうかよろしくお願いを申し上げます。
 これで終わります。

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